希望は戦争・・・貧困は君には無縁か?
あえて、こんなタイトルにしてみた。
なんだかんだ今の若い人たちにこの問題を是非考えて欲しいと思ってこの題材を選んだ。

<左が赤木君・佐藤氏・・・プラスワンイベントより)
2月24日。朝から強い凍った北風が吹いている。
昼12時過ぎに家を出た私は、新宿の大ガードをくぐりながら、冷たく凍り付いて湿った布団にくるまっているホームレスの人々を横目で見ながら
「彼らも希望は戦争なのか?」
と思いながらセントラル通りに入り、今日のイベント会場であるロフトプラスワンに向かう。
テーマは赤木君と会うことだ。会って直接彼の真意を聞きたいと思ったから、老体むち打って、それも日曜日の午後、新宿までやっていたのだ。
ロフトプラスワンのイベント紹介文はこう書かれてあった。
希望は「戦争!」
「不正義の平和よりも希望の戦争を」
『論座 』誌上で「希望は戦争」と宣言して巨大な反響を巻き起こした赤木智弘と、「正義の戦争」を唱え続けるファシスト佐藤悟志が、不正と格差に満ちた現在の平和を罵り倒し、市民運動業界の禁句「戦争」を正当化する!
【司会】佐藤悟志(『青狼会』総統/『売春の自由党』事務局長)
【Guest】赤木智弘(『若者を見殺しにする国』著者)
興味ある若い人は以下読んでください。
マジで考えること、若者達にこれを放棄して欲しくないと思い私はあえてこのサイトに書く。
論座4月号・朝日新聞社 p.83をコピーします。
「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」
● 私は親元に寄生して、自分一人の身ですら養えない状況を、かれこれ十数年も余儀なくされている。31歳の私にとって、自分がフリーターであるという現状は、耐えがたい屈辱である。月給は10万円強。北関東の実家で暮しているので生活はなんとかなる。だが、本当は実家などで暮したくない。できるなら東京の安いアパートでも借りて一人暮しをしたい。しかし、今の経済状況ではかなわない。
● 平和な社会を目指すという、一見きわめて穏当で良識的なスローガンは、その実、社会の歪みをポストバブル世代に押しつけ、経済成長世代にのみ都合のいい社会の達成を目指しているように思えてならない。このようなどうしようもない不平等感が鬱積した結果、ポストバブル世代の弱者、若者たちが向かう先のひとつが、「右傾化」であると見ている。(右傾化する若者が)不満や被害者意識を持っているというなら、なぜ左傾勢力は彼らに手を差し伸べないのか。
● 私のような経済弱者は、窮状から脱脂、社会的な地位を得て、家族を養い、一人前の人間として尊厳を得られる可能性のある社会をもとめているのだ。それはとても現実的な、そして人間として当然の欲求だろう。そのために、戦争という手段を用いなければならないのは、非常に残念なことではあるが、そうした手段を望まなければならないほどに、社会の格差は大きく、かつ揺るぎないものになっているのだ。反戦平和というスローガンこそが、我々を一生貧困の中に押しとどめる「持つ者」の傲慢は、現状をひっくり返して、「丸山眞男」の横っ面をひっぱたける立場にたてるかもしれないという、まさに希望の光なのだ。しかし、それでもやはり、我々を見下す連中であっても、彼らが戦争に苦しむさまを見たくはない。だからこうして訴えている。私を戦争に向かわせないでほしいと。(赤木智弘、抜粋)
私は赤木君と直接話すのは初めてだ。純朴そうな青年の顔はなぜか暗く沈んでいた。
今の格差社会の底辺にいる
「明日への希望がなくなった青年」
はみんなこういう顔をしているのか?とは思ったが、多分赤木君は真剣に自分の目の前にある
「現実」
に直面し、全く出口のない今の若者達の現実に気がつく。
これほど話題になったテーマなのに、意外とお客さんは少ない。
私は赤木君と話していて、彼はいわゆる戦争マニア的人間でないことも、戦争を望んでいる訳
でもないと思った。
佐藤氏と赤木君のトークを聞いていて私は「希望のない青春」を経験したことがないことに気がついた。
ここで私は赤木君に論争を挑むことの愚かさを知った。
みんなはどう思うのだろう?

<3月15日より公開される、若松考二監督作品・あさま山荘への道程>
もう私たちの生きながらえる時間は少ない。だから日本で戦争があろうとなかろうと私は多分徴兵にもとられないだろうし、核爆弾で一発で人生終わるのも良いのかなって思うこともあるが・・・・。

国家権力と戦う三里塚農民・学生。・・・こんな時代もあった。









