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2007年11月18日

クマさんの死

晩秋の土曜日の一日、書斎のパソコンに向かったまま、部屋から一歩も出ることが
出来ないでいる。
私は今、阿佐ヶ谷ロフトオープンに向けて縁起でもないことを書こうとしている。

IMG_1324-01.jpg

ピンクとブルーの天井と壁だ。

今日は阿佐ヶ谷の工事現場にも行かないで、今まで溜まってしまったルーフトップの
原稿とか他の連載の記事とか書こうと思って、全ての用事をスルーして、パソコンに向かう
ものの一行も書けないで時が過ぎた。

その理由は多分先日死んでしまったロフト工事クルーの熊坂さんの死について書こうと思ったからなのだが
どうも筆が思うように運ばない。

窓の外は木枯らしが吹いているようなほどの寒さだ。とても冬に向かう短い晩秋のいわゆる「小春日和」
(この言葉は秋に使うもので、春ではないのだ)な秋とはほど遠く、さらにはクマさんの死と向き合うと
私の気分は落ち込むばかりなのだ。

多分それはこのコラムを読んでいる若い人たち?とは全く別のペクトルで私の意識は動いているからかも知れない。

すなわちこの熊坂さんの死は、当然早々に自分にもやってくるのだと言う激しい観念から、そして恐怖、
そこから逃げたい自分、さらには死の誘惑と恐怖が全身を覆ってくる。

自分の母親がやはり61歳で肺ガンのそれはものすごい苦しみの中で死んでいったのを、父親もガンで死んでいったのを看取っているからかも知れない。

クマちゃんも自分のお袋も61歳で死に、私は高血圧・糖尿予備軍と毎日クスリを飲みながら生活してして
私は、いずれ私も母親のようになるのだと覚悟を決めて入るのだが、とてつもなく恐ろしい。
あるいはクマさんが私に言った「抗ガン剤の副作用で毎日の苦しみ、絶望的な闘病生活をしていた」と言う事を聞くと、もういても立ってもいられないくらい戦慄してしまう。

そうなると私の意識は「もう60歳を過ぎた私には時間がない。終末まで後どれくらい時間が残されているのだろう?」と考えるともう落としどころがなくなってしまって、全ての現実から逃避したくなるのだ。

このホームページの「ロフト店内予想図」は全部熊坂さんが病床の中でベットにパソコンを持ち込み書いたものだ。

そして、なぜかこのイメージはとてつもなく明るい。
こんなライブハウスは日本中にないと思うくらい明るい。

コメント

まだ両親は健在ですが、うちもガン家系です。
最近の悠さんを見てると、僕の知ってる限り今が一番ハツラツとして楽しんでいるように思えるんですがね。

新店ではもっとエロイベント増やしますんでいろんな意味で元気だしてくださいねー。

確かにクマさんが選んでいたライブ側の壁の色などのイメージはとてつもなく明るいですね。でもそれこそが「希望の色」なのではないか?と仰った悠さんの意見には僕も同感です。
でもそれではなんでライブ側の障害者用便所のドアの色を茶に変えたのですか?
結果、あそこだけ完全に浮いてしまいました。
いつか気が向いたら塗りなおしてください!
でも今はやめてね。おねがい。。

さっき、コメントを書いたんですが、ちょっと誤解されると困るので、これは続きです。
ほんとは工事や色のことなんてどうでもよくて、僕が本当に言いたかったのは実はテツオさんと同じに「悠さん元気だしてよ!」ってこと。でね、ちょっとおこってます。僕は悠さんがクマさんの死をどんなに悲しんでいるかは良くわかりません。僕はクマさんと一瞬しかお話してないので、その悲しみはどうしても共有できないです。でもね。僕は悠さんは「クマさんの死を悲しんでいるんだ」と思っていました。でもこの文書からは「ご自身の死を恐れている」ということにしか見えませんでした。死は恐れるべきものではなくて、そのときになったら受け入れざるをえないものです。だから死を恐れるのではなくて、自分は今死ねないのかどうかをよく考えることが大切なのではないでしょうか?もし「もういつ死んでもよい状況」なのならば、それは幸せなことです。だったら、あとは死んでいない状態を楽しみながら、とりあえず死なないでいれば良いのだと僕は思います。まあ、僕の場合は娘や妻、そして愛する下北沢のためにもまだ当分は死ねませんが‥まだまだ悠さんは現世に未練たらたらなんだから、大丈夫。まだまだ死ねませんって。。

 「モリー先生との火曜日」という本の中で先生が伝える、私の好きな言葉。

 「君は昔からお別れをするのが下手だった。こうやってただ抱きしめればいいんだよ。」

 私もお別れをするのが下手なので。

 「この近さ!唾のかかる距離がいいんだよ!」
 と、いつも悠さんは言っていて、
 つまり紙の上や画面の上の文字でも、心は暖まるけれど、
 目の前で激論を交わしている人の唾が自分の頬に飛んできて、そのぬるさを感じるっていうのは、特別なことです。

 死んじゃったら絶対に取り戻せない。

 死ぬのは怖いです。失うことも怖い。寂しくて悲しくて言葉にしたいと思うけど伝えられなくて困る。
 ただ抱きしめてさよならができる人になりたいです。
 

人の唾が自分の頬に飛んできて、
そのぬるさを感じるっていうのは、
けっこうハードル高いよ(笑)

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